普通に歳を重ねた物語
「スナックキズツキ」には、目を引く展開も気の利いたセリフも見当たらない。
何より深く傷ついた人であれば、奥まった路地の目立たぬ店に寄り道する余裕などないはずだ。
「もう嫌だ」「死にたい」ほど追い込まれた段階にはなく、「あ〜あ」くらいの深いため息が、日々続いていく慢性的なしんどさというか。
それに今のところ登場人物は、みな健康だ。ちゃんと働けて、生計を立てている。
病を抱えた人からしたら、それだけで十分贅沢と思える人生だろう。それに満足できないのが、都会に生きる人たちかもしれない。
彼らは日常のモヤモヤを抱えながら、周囲も自分の現状も今さら変えられないとの諦観に支配されている。その感覚こそ、この物語の大事な調味料なのだ。
「大変なのは自分だけじゃ無いんだ」との消極的な横並び感によって、登場人物の精神はかろうじて均衡を保っている。
ドラマの中でその意識が可視化された時、視聴する僕たちの側に、共鳴する響きが生じる。
その他大勢の一人から刹那、特別で大事な存在にとって変われたような優位性。
君の気持ちよくわかるよ、みたいな共感。
本質は変わらぬまま、でもほんのひととき、肩の凝りが軽くなったような解放感を覚えるのだ。
キャストがいい。
53歳になった原田知世。僕らの世代のアイドル「知世ちゃん」だ。
スクリーンデビュー作の『時をかける少女』以来、僕には縁遠いところにいる女優さんだった。
なんか素人っぽい演技が、いつまでたっても抜けきらない。
僕が観てきた映画にも、あまり出会いがなかった。『天国にいちばん近い島』のテーマ曲は好きだったけど。
当時の印象そのままに、歳を重ねた知世ちゃんの役柄がとても良い。かつてのマイナスの印象がそのまま、プラスへと逆転した感じだ。
彼女演じるトウコの、過去色々あったであろう内面をドラマで見せないのも正解。
飄々とした適度な軽みが、そのまま他者の魂を救う強い存在感へと繋がっていく。
心に秘めてきた思いのたけをぶちまけるのは、常に来店客の方だけでいい。
明日に続く。