太陽と土と水を
昨日届いた2種類のチラシ計400枚を、目を引くキャッチの配置を意識しながら、3つ折にしていった。
中身がそのまま透けて見えるように、長形3号の透明封筒をアマゾンに発注した。木曜日着の予定になっている。
これだって最初から用意しておけば、84円切手は一定枚数あるし、宛先を印刷して2~3日中には発送できたものを、実際に折り込む段になってから思いつくものだから余計な時間がかかる。
木曜日は御前崎に出張で、それまでにこちらの事業主さんの配布用チラシにもめどをつけねばならず、僕の方の発送は最短で週末だろう。
するともう、11月半ばを迎えていることになる。今年も終わっちゃうよ💦
昨夜は地元広報紙の編集会議だった。
僕がYouTubeにアップしたご近所の動画を、QRコード読み取りの形で発表している。
今回はたまたま、同時に4つの作品が紙面に載った。
秋の例大祭の模様・多趣味な大工さんのご自宅訪問・ペットと飼い主さんの紹介、そして11月3日開催の七五三(こちらでは七三一)だ。
残念ながら、これらの映像は一般公開できない。あくまで対象は地元の人たちであり、YouTubeも限定公開としている。
それでも僕にとって、場数を踏めるという意味では大変ありがたい企画だ。
この事業を始めるにあたり、よほど特別な機会でもなければ、映像なんて残さないであろう市井の人たちを対象にしようと思った。
名のある人・社会的に成功した人が、自分の姿を後世に残したいと思ったならば、然るべき制作会社が受注するだろう。
正直、そういうのもやってみたい。
経営者の自伝なんて、ゴーストライターになって代筆なんて言うのも、実は嫌いじゃない。
カメラの向こうの親族や社員、親友やライバルに向けて、胸にしまってきた思いを公開する映像、なんていうのも演出してみたいと思う。
お金にもなるしね。
でも事業の初心はそうじゃなく、残すものなど何もないよ、平々凡々とした人生を送ってきたまでだよという、僕やあなたみたいな存在こそ、取引したいお相手なのだ。
情報が氾濫するのと比例して、個人が存在する(かつて存在した)証や痕跡は、どんどん希薄になっていく。
僕たち「消費者」が、消費をする側のみとは限らず、自らの人生を消費させられた挙句、消耗の果てに社会から不必要な存在として消えてくのだと考えれば、あまりにもむなしい。
いずれ風化していくさだめであっても、その気配くらいはしばらくの間、この世に漂っていてほしいのだ。
それが一葉の写真や手紙であっても、目的は十分に果たされる。
でも、ご本人が動き、語り、時に歌い時に笑う映像としてあったなら… 記憶と記録の双方が補完しあう豊かな過去は、世代を超えてつながるかもしれない。
つまり大変欲張りな発想と、僕のそれは言えるかもしれないのだ。