新聞オヤジ

会社を辞めたとき新聞もことわったから、1年以上、紙の情報から遠ざかっている。
とり続けていたのも惰性だせいによるもので、ここ10年くらい、ほとんど記事に目を通していなかった。
以前だと、割と読み込んでいた時期もあったんだけれど。

20年以上購読していたのは「静岡新聞」。
そういえば今年の春に、会社のトップが不倫報道を全国版にすっぱ抜かれて、社長職を辞任していたっけ。ほとぼりが冷めた今頃、人事はどうなっているんだろう。
お祖父ちゃん・親父と、創設からずっと会社を仕切ってきた家系だからなぁ。特に興味はないけど、権力という視点から見れば後追い報道するのが、マスコミの責任じゃなかろうか。

NHKや朝日新聞など、不祥事は枚挙にいとまがないけれど、他人は執拗しつようにたたいても社内トラブルには徹底して沈黙するのが彼ら共通の体質。幅広い年齢層にネットやSNSが浸透してきた昨今、こんな欺瞞体質ぎまんたいしつでは、信用されなくなっても致し方ない。

新聞を読まなくなった最大の理由は、まともな記事がないこと。
別に個人の価値観で言ってるんじゃなしに、事実と真逆なものや、気に入らない存在を憶測のみの記事で抹消しようとする動きが、ちょっとネットをやる人間にすぐばれてしまう時代だ。

静岡新聞のような地方紙は、地元以外の国内・海外のニュースに対して取材力を持たないから、共同通信社の配信記事を活用している。
同社は東京を拠点とする一般社団法人の通信社であり、国内外のニュースや写真・記事関連のデータを、新聞社・NHK・民間放送局などに提供・配信している。
ここの思想的かたよりがいちじるしいため、からくりを知るネット民は情報としてとらえていない。
「共同にこう書いているならきっと逆の意味だろう」くらいな、今や裏読み専用通信社だ。

地方紙をとる最大の理由は、訃報ふほう欄があることだそうだ。
人間関係の濃い地方ほど、知人が亡くなった情報を取りたがる。義理を欠くと、自分の葬儀に来てくれないリスクが高まるとでも思われるのか。
だから購読は、高齢者にかたよっていく。その年齢の人だって、だんだん葬儀に対する意識は希薄になりつつあるようだ。

自分の地元で、どんなことが起きているんだろう。
久しぶりにネットからニュースを拾ってみると、見出しだけで十分というのがほとんどだ。
「大きな自然薯じねんじょとれましたぁ」と幼児が掲げている写真をみれば、読まなくたって内容はわかってしまう。
ただその日起きたことを表面的になぞるだけで、何の検証も別角度からの考察もないんじゃ、興味の引きようがない。
編集方針として、それが最良と判断しているんだろう。

これもまた反面教師だ。
月1回、地元公報紙の編集会議があるが、なにを載せるかよりも、どう紙面を埋めるかに腐心ふしんしているきらいがある。
一番の新人で最年少の僕はあまり口を挟まないが、せっかく作るなら、新しい切り口があってもいいと感じる。

毎月ノルマで行事の取材も大事だけれど、その場に参加した一人ひとりの日常にスポットライトを当ててみるとか。
実は国税査察官で家宅捜索していたとか、もと銀座の夜の蝶でいなした男は数知れないわとか、いないとも限らんだろう。
興味を持ってもらって読んでもらうこと、これってチラシ作りと一緒だ。

オワコンの新聞業界の後を追わぬよう、地味でも少しずつ読者を広げていけるよう、ない頭でもしぼって、工夫していかなくちゃ。

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