過去から随分遠くに来てしまった物語
以前の仕事で取得した資格の名義を、お貸しすることになった。
「専任」じゃなく「選任」なので、常時関わっている必要のない免許だ。行政の立ち入りがあったときだけ、対応すれば良い。
ほぼ名前を貸すだけで毎月1万2千円になる。収入が不安定な今の僕には、馬鹿にできない額だ。
待ち合わせの珈琲店で、年間契約書を取り交わした。来月、1年分を振り込んでくれるそうだ。
当然、お相手は以前の業界の、それも大先輩になる。本社が浜松だから、直接のしがらみがなくありがたい。
むしろこの方だから快諾できたし、相場より高めの、情のこもった条件提示にも感謝している。
それでも、面と向かって交わす話題となれば、やはり過去の仕事にならざるを得ない。
自分の中で整理はつけたつもりだし、それほど不快でなく特段の懐かしさも感じないでいるが、長い時間触れたくないのが本音でもある。
塞ぎかけた傷口が、パッカリ口を開けそうになるリスクはやっぱり避けたい。
1年前。突然の退職勧告に理不尽は感じながらも、こんな自分を26年使ってくれたボスには、感謝で終わリたかった。
でも、相手から放たれたトドメの一撃は、それすらも許さない強烈なものだった。
当時も今も、恨みなんて露ほども抱いてないけれど、気持ちよく去りたかった心残りは、やっぱりある。
業界に顔が広く苦労人の先輩は、そんな僕の気持ちを汲んでか、すぐに話題をご自分の半生へと転じてくれた。
僕と比較するなどおこがましいが、過去に長く在籍した会社を退社されたエピソードを伺えば、なるほど自分が特殊なケースとばかり言えないと、慰撫されもする。
来月に現地での打ち合わせを約束し、帰途に着く。
USBに詰め込んだ音楽から、sayaの歌う「Too far away」が流れてきた。
オリジナルは水越けいこ。僕が10代に聴いていた、40年以上も昔の音楽だ。
sayaは好きだし、歌も抜群に上手いと思う。
でも、どこか背伸びし過ぎる故の技巧臭が漂ってきて、楽曲に今ひとつ没頭できない。
根っから真面目な人なんだろう。もう少し肩の力が抜ければ、もっといいシンガーになるのに。
久方ぶりに聴いた「Too far away」。
40年前には同性の友人と、数年前には職場の異性と、深く共感しあえた音楽。
一言で言い表せない感情が襲ってきて、運転中の瞼を危うく潤ませた。郷愁と言うには、あまりにも生々しい衝動だ。
会いたいな。会ってつもる話、いっぱいしたいな。